|
根岸森林公園旧競馬場
輝いた時の面影を残したまま今も建ち続ける。
思い出の残骸たち。やがて朽ち果てる時を迎え・・・。
日本とアメリカと昭和初期。
時間と空間が奇妙にネジレちゃってる様な
不思議な風景がそこにはあった。
|
J.H.モーガン。昭和初期に横浜を中心に活躍し、日本人女性と結婚し、激動の人生を日本で過ごした。アメリカ人建築家。
モーガンが設計し、昭和4年に完成したこの根岸競馬場場は日本最古の競馬場と言われ、
当時は在留外国人や日本の上流階級の人々の為の施設だったという。
きっと 長い帽子をかぶり口ひげをたくわえた紳士やマリーアントワネットみたいな格好の貴婦人で溢れかえり
活気にあふれていたのだろう。
しかし、昭和17年の最終レース後 昭和20年に米軍に接収され、米軍で改造し軍の娯楽施設として使用された。
後、昭和44年に返還され、昭和62年に横浜市で管理をすることになった。
アメリカ人が設計し → 日本人が使い → アメリカ人が使い → 日本に戻る。
そんな経緯がこの競馬場跡地にはあった。
|
|
|
根岸森林公園全体の案内図。
「現在地」と書かれているところから上部に今も残る
「根岸競馬場一等馬見所(いっとううまみどころ)」がある。
左側にある公園部分がかつてのフィールドだ。
「一等馬見所」とフィールド部分だった公園の間には
現在、米軍の寄宿舎棟がある。
|
米軍寄宿舎棟の入口。
ゲートには守衛が立っており、関係者以外は入れない。
入口から先は、今もアメリカだ!
|

|
|
「一等馬見所(いっとううまみどころ)」の立面図。
施工は大倉土木株式会社(現在の大成建設株式会社)
構造は鉄骨造・鉄筋コンクリート造及び鉄骨鉄筋コンクリート造の
混合構形式。地上7階建、塔屋1階建。
まさに威風堂々とした佇まい。
|
左側が「一等馬見所」、右側は「二等馬見所」
「二等馬見所」は1988年に解体された。
また、「一等馬見所」の屋根も老朽化によって
危険な状態となったため、取壊された。 |
|
|
一等馬見所の内部
貴賓室、委員室、政府員室、食堂、騎手室、、ラウンジ、休憩室、
事務室、プロムナード、スタンド等々の部屋があったようだ。
貴賓室、レストランはニューグランドホテル旧館の
バンケットルームに通じる雰囲気を感じる。
|
建築面積 |
2,130u |
延床面積 |
7,686u |
建物高さ |
地上28,77m |
客席数 |
4,500席 |
面積のわりには客席数は少ない。 |
もちろんゆったりと楽しんだのだろう! |
|
|
|
上部写真の右下の写真とこの写真は
ほぼ同じ位置から撮ることができた。
76年の月日が流れているのにほとんど変わらないとは・・・。
昔の資料を見ると、パドック側からの撮影となっている。
木の棚で覆われたパドックがあったようだ。
|
現在、建物のまわりはこのように柵で囲まれている。
昨年も不法侵入で捕まった者もいたそうだ。
立入禁止!
人が歩いているところが昔のパドックだったと思われる。 |
|
|
一等馬見所 パドック側壁面
柵を越えても、建物の中には入れない!
建物内は鍵がかかっている。建物内部はかなり
老朽化していて、中に入るのはとても危険な状態の
ところもあるらしい。内部の撮影はできなかった。
|
塔や窓のエッジの処理、アーチ型のアクセントなど 重厚で美しい。
蔦がまたノスタルジックな良い雰囲気をあたえている。
しかしながら、建築当時ガラス部分であったところなどが、 今は危険となったため撤去されている。
|
|
|
スタンド東側から
正面部分は米軍寄宿舎なので、
ここからのアングルが精いっぱい。
昔はスタンドに屋根がかかっていた。
|
建物パドック側からの風景
みなとみらい、ランドマークなどが見える
この地に日本最古の競技場ができたのは当時、多くの外国人が
横浜に住んでいたためと想像できる。
80年前の異国の人々はここから、
どのような風景をどういう思いで眺めていたのだろうか・・・
|
|

建築家J.H.モーガン
|
昭和初期に横浜を中心に活躍した建築家J.H.モーガン
大正9年2月、日本フラー建築会社の設計技師長として46歳で来日、
東京・丸ビル、日本郵船ビル、
横浜では山手111番館や山手聖公会などの建設を手がけました。
そのモーガンの自邸が藤沢市に現存します。
昭和6年創建のこの住宅は和風を取り入れた洋館で、
当時のままの衛生陶器、照明器具、造付家具が貴重で素敵です。
|
JR根岸駅・桜木町駅・横浜駅より市営バス「旭台」下車
(中区根岸台) P有料 200台
|
今のところ、今後の利用方法については未定とのこと。
「米軍寄宿舎棟などの施設の返還時に利用方法が検討されるだろう」ということだ。
過去と現在が一つの建物によって交差する。 過去への尊敬、未来への希望。
さまざまな思いをよせることができる。そんな空間がココにはある。
現在公園を含めた、この建物は横浜市環境創造局で管理されています。
今回の取材にあたっても全面的に協力していただきました。ありがとうございました。
|
|
このページのトップに戻る
|
|